本名 鈴木勘容

昭和14年、東京 浅草生まれ

長唄 三味線方

早くから下町浅草をこよなく愛し、小学校4年で三味線を始める。
都立上野高校を経て東京芸術大学卒、専攻科を終了。
高校在学中に初代杵屋彌一郎(のち七代目彌吉)に師事。
東京芸術大学入学後に山田抄太郎他に師事。

[主な経歴]
昭和36年
昭和37年
昭和38年
平成 3年

平成 5年
平成 8年


平成 9年

平成11年
平成12年
平成13年

平成14年
平成16年


東京新聞作曲コンクール入賞
東京芸術大学「安宅賞」受賞
長唄東音会同人
芸術祭賞受賞
主宰 金鈴会30周年記念演奏会を国立劇場にて開催
二代目杵屋彌一郎襲名
二代目杵屋彌一郎襲名の会を国立劇場にて開催
四万十川国際音楽祭
  「'96三味線長唄レクチャーコンサート」に出演
長唄東音会を退会
八代目家元杵屋彌吉を襲名
第一回「彌茅の会 -浅草のかおり- 」を開催
八代目家元襲名披露を国立劇場にて開催
第一回「杵屋彌吉の会」をイイノホールにて開催
資生堂ワードフライデイ・杵屋彌吉×永井美奈子に出演
四万十川国際音楽祭に出演
日本伝統芸能振興会主催
「歌舞伎音楽の世界」をアメリカ・トーレンス市にて開催

[役 職]
 社団法人長唄協会常任理事
 東洋音楽会会員
 長唄研究会会員
 邦楽振興基金助成事業審査委員
 邦楽実演家団体連絡会議委員

[主な作曲業績]
大西信之作詞
浅草寺奉納
長田午狂作詞

多摩市百年行事
熊沢堅太郎作詞
十世中村虎治襲名
田中 勝作詞


「女の朝」
「金龍の舞」
「富士太鼓」「恋幽霊」「平城賦」「融」
「朱鷺翔ける」「朱鷺の栄」
「きずな」
「千草の花車」
「華厳」
「七面龍女」