[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

桜 狩 嘉永年間、十世杵屋六左衛門、或いは二世芳村孝次郎作曲。
桜の名所を訪ね、隅田川の景色、花見の人々が吉原の春に映る江戸の桜狩の気分を描いた曲。

[解 説]

 唄方の二代目芳村孝次郎を襲名したときの名披露目のために作られたと伝えられる純演奏曲。ただし、孝次郎の襲名は嘉永三年なのに、作曲年代については、襲名前の弘化年間とする説や、襲名から七年後の安政四年とする説まであって、はっきりしない。作曲者も、正本に立三味線として記載されている十代目杵屋六左衛門とするのがふつうだが、当の孝次郎自身の作曲だとする伝えもある。孝次郎が作曲したという伝えのある曲は、その真偽はともかく、第一回彌芽の会で演奏された「麹車」など、ほかにもある。目が大きいということから目玉の孝次郎といわれたこの人は、それだけではない特別な唄方だったのであろうか。作詞者はわからない。 

 曲は、隅田川と吉原の春景色を描写しているのだが、花見の気分が述べられ、曲名も「桜狩」となっているのは、「誓ひも深き奥山に、根ごして植ゑし初桜」とあるように、ちょうどそのころ、浅草の奥山に桜が植えられたからだという。そのあと、馬道から衣紋坂、大門を経て、場面は吉原に。花を愛でる言葉を使いながら、遊女を相手に盃を交わす宵の楽しみを描いて、最後に、長唄の繁栄を祈って曲を閉じる。

 本調子→二上り→三下りというのは、「老松」以来の、ある程度以上の長さを持つ純演奏曲に多い調子変えである。なお、はじめの本調子の合方は、蝶が飛び交うさまを描写するともいうが、ここでは直前の「都鳥」を受けて使われたものであろう。

解説者『日本大学芸術学部教授:蒲生郷昭』