[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

麹 車 安政六年・初世杵屋六四郎作曲。
麹に縁のある酒について和漢の故事を述べ、酒の徳をたたえ、一転して隅田川の名所を述べ、新宅に移るめでたさを叙している。

[解 説]

 長唄の曲を大きく分類すると劇場長唄と演奏会用長唄(観賞用長唄、お座敷長唄ともいう)に分けることが出来よう。前者は『歌舞伎年代記』や『長唄正本』の絵表紙などによってその初演時期や劇場、その演奏者などを知ることも出来るが、後者は記録も乏しくそれらを明らかにするのは困難である。この曲はその後者に属する稀曲である。

 故杵屋栄二師のお話ではこの曲は安政六年(1759)の開曲とのことである。作詞者は不明、作曲者については、従来、初演時の立唄二世芳村孝次郎といわれていたが、現在では、『長唄正本』(字表紙本)に記されている立三味線の初世杵屋六四郎といわれている。

 内容はほとんどが酒に関することであり、稀音屋義丸師のお話によると作曲者の初世六四郎には酒問屋の後援者がいたとのことであるから、麹町に新居をかまえる後援者の酒問屋にたいするお祝いの曲であろう。現代風に言うと酒のコマーシャル・ソングであり、スポンサーに対するお祝いの曲でもある。曲名の「麹車」というのは酒を作る素となる麹を運ぶ車の事だが、中国の詩人李白が街で出会った麹車に涎をたらしたという故事と新宅のある麹町にかけてちょっと洒落て麹車と名付けたのであろう。

 本調子、三下りと転調する。曲の前半、本調子、二上りでは酒に縁のある故事と酒の徳を述べ、三下りになると一転して夕暮れの隅田川、待乳山の月、浅草寺の鐘の音、隅田川の雁が音(雁金)、関屋の里を「ここも名所じゃないかいな」と唄い、最後に麹町の新居に移る後援者の長寿を祝って曲を結んでいる。唄いだしの「長生の家にこそ」更に「実にも薬と菊の水」「さればにや門にしるしの杉はいも」「夜船に聞きし爪弾きの」「夕暮れの眺めにあかぬ隅田川」と聞かせどころも多い。

解説者『長唄研究会:植田隆之助』