[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

喜 撰 天保二年、十世杵屋六左衛門作曲。
六歌仙の五変化舞踊の一つ。江戸時代の頽廃的な遊里情緒を取入れ、平安時代の歌人を江戸の遊里に引きずり込んだ趣向で当時の大衆に大いに歓迎された。

[解 説]

 二代目中村芝翫(のちの四代目中村歌右衛門)が踊った五変化所作事「六歌仙容彩(うたあわせすがたのいろどり)」の第四「喜撰法師」の地の音楽。天保二年三月に中村座で初演された。原曲は清元との掛合いだが、素の演奏では、長唄、または清元単独で通して演奏するのがふつうになっている。作詞は松本幸二、作曲は長唄部分が「桜狩」と同じく十代目杵屋六左衛門、清元部分が初代清元斎兵衛。

 作曲者の十代目六左衛門(寛政十二年〜安政五年)は、「老松」の四代目六三郎のやや後輩で、その六三郎とともに、長唄中興の祖とされている人物である。正確はきまじめで、神経質でもあったという。数多くの名曲を残しており、歌舞伎のためのものには、この「喜撰」のほかに「傾城」「供奴」「助六」「五郎」など、また純演奏曲としては「石橋」「外記猿」「常磐の庭」「鶴亀」「秋の色種」など、数多くの曲がある。第一回彌芽の会では、「五郎」と「助六」が演奏されている。元来は浄瑠璃の調子で、長唄にとっては特別な調子だった本調子を、長唄にとっても当たり前の調子にしたのも、十代目六左衛門ということができる。

 曲は、六歌仙の一人である喜撰法師が、祇園の桜の下で茶汲み女のお梶を相手に、ユーモラスな恋の踊りを踊っているところにお迎え坊主が出て、いっしょに住吉踊りを踊るというもの。平安時代の歌人を江戸の遊里に引きずり込んで洒落のめし、この時代の市民の好みに応えている。きまじめ一方だった十代目六左衛門でありながら、このようにくだけた曲も作り、かつ演奏もしているのだから、なんと愉快ではないか。

 なお、喜撰というのは、当時売られていた茶の銘でもあり、初音、朧の月、松の影、政所、一森とうたい込まれているのも茶の銘であるから、このあたりは酒の銘を利用した「まかしょ」と同じ趣向である。

 掛合いでは、清元の本調子に対して、長唄は上調子の関係になる二上りで弾くが、長唄だけで演奏する時は、清元部分を含めて、全体を二上りで通す。

解説者『日本大学芸術学部教授:蒲生郷昭』