[長唄とは]

 長唄とは江戸で歌舞伎音楽として発達した三味線音楽の一種で、劇場に結びついて主に歌舞伎の舞踊の伴奏をつとめた。 同じ歌舞伎音楽の常磐津・清元などの浄瑠璃と違って歌いものの系統に属するが、これらの浄瑠璃の影響を受け、語り物の要素が濃厚であり、 伴奏には三味線のほかに囃子も加わる。長唄の囃子は能の囃子に用いられる楽器をそのまま流用し、笛、小鼓、大鼓、太鼓で構成される。

 長唄の三味線は細棹(ほそざお)と通称される棹が細くて胴が小さく軽いものを用い、撥(ばち)も駒も他種類に比べて小さくて軽い。 撥音(弦を弾いたあと撥先が胴の皮に当たる打楽器的な音)を強く聞かせ歯切れよく演奏するが、これも劇場音楽のゆえである。

 演奏は、舞台上では唄方は客席から見て左側、三味線方は右側に横一列に並ぶ。唄と三味線は同人数が原則である。 立て唄と立三味線とは中央で隣り合って座る。(立ては首席奏者)立て唄から左へ順に二枚目(ワキ)三枚目・・・と呼び、 左端の者を巻軸(トメ)と呼ぶ。巻軸は立て唄に次ぐ重い役とされている。三味線も向かって右に二枚目三枚目と同様に並ぶ。 囃方は唄方と三味線方の前の下段に並ぶ。

 長唄の特色としては、概して派手でにぎやかな曲が多く、囃子と加えることで一層にぎやかさを増す。 一方、メリヤス物と呼ばれるしんみりした叙情的な小曲もある。声楽優位の三味線音楽の中で、長唄の場合は三味線の器楽性も重要視され、 合いの手が多く、合い方のある曲も多く、三味線の腕の見せどころとなっており、器楽性の強い音楽である。
「第一回彌茅の会」(平成11年11月)より


[四季の詠]
杵屋 六昶
杵屋 吉之亟
杵屋 六昶a
杵屋 弥一郎

三味線 杵屋 彌吉
稀音家助三朗
杵屋 五吉郎
杵屋 弥宏次

囃子 鳳聲 晴雄
望月 左喜蔵
望月 太喜雄
中井 一夫
望月 太意三郎


[浅草ゆかりの長唄 INDEX]
「彌茅の会」で演奏された曲をご紹介しています。
(各曲の詳細は曲タイトルをクリックして解説ページをご覧下さい)
操三番叟 嘉永六年・江戸河原崎座、四世杵屋彌十郎で初演。
二上がりから本調子そして三下がりと転調し、三番叟もののなかでも最も華やかで軽快な曲。
五郎時致 天保十二年・十世杵屋六左衛門作曲。
荒事の地と柔らかな唄の対照、ニ上がりの踊り地の軽快さ等のまとまりのよさから数多く演奏されている。
都風流 昭和二十二年・四世吉住小三郎、三世杵屋六四郎作曲。
浅草界隈の前代の風物詩を歳時記風に繰り合わせたもので、作詞は久保田万太郎。
麹 車 安政六年・初世杵屋六四郎作曲。
麹に縁のある酒について和漢の故事を述べ、酒の徳をたたえ、一転して隅田川の名所を述べ、新宅に移るめでたさを叙している。
助 六 天保十年・十世杵屋六左衛門作曲。
歌舞伎十八番に附属している関係で、河東節が代表的なものとなっているが、一中節、半太夫節、長唄、常磐津、歌沢、清元、と多彩。
四季の詠 明治五年・十二世杵屋六左衛門作曲。
江戸の隅田川沿岸、橋場あたりから柳橋あたりまでの風光や景物を四季にわけて叙したもの。
俄獅子 四世杵屋六三郎作曲。作詞者は未詳。
天保五年十月の吉原俄の折に封切られたとされている。歌舞伎劇とは関係のない長唄で、頽廃期の廓情緒や俄の雰囲気をよく出した名曲。
 蛙  昭和三年開曲。高橋筝庵作詞、二世稀音家淨観作曲。
蛙に鳴き声で始まり、蛙にまつわる故事・逸話、昔話の蛙や縁起物の蛙の剽軽な姿を叙した洒落っ気たっぷりなケレンの長唄。
女伊達 文化六年、江戸中村座で初演。九世杵屋六左衛門作曲。作詞者は未詳。
女侠客が上方の男侠客を相手にして尺八片手に大いに江戸女の凛々しさ見せる趣向の舞踊長唄。「助六」の母胎となっている。
福 助 二世(或いは三世)杵屋作十郎作曲、二世桜田治助作詞。
文政年間、浅草雷門の傍らにて売られていた縁起物の今戸焼の「福助」人形を主題とした舞踊曲。
一種のCMソング的な役割も果たしたと思われる。
吾妻八景 文政十二、四世杵屋六三郎作曲、作詞者は未詳。
純粋の聞きものとして作られた当時として野心作。日本橋、高輪、駿河台、浅草寺、隅田川、不忍池など江戸の名所を諷ったもので佃・砧・楽の三つの合方の器楽的な描写が特色。
廓丹前 安政四年、二世杵屋勝三郎作曲。
花柳の踊りの会のために作られた曲で、吉原廓の起源を述べ、四季の当時の廓行事を描いた江戸遊郭史の様子を伝える華やかで明るい総踊り風の曲。
老 松 文政三年、作曲は四世杵屋六三郎、作詞も同人と考えられている。
母ますの八十才の祝いのために作曲され、ますをまつに通わせ「老松」という曲名にしたと伝えられている。廓情緒を唄い込んだご祝儀ものの名曲。
まかしょ 文政三年初演。二世杵屋佐吉作曲、二世桜田治助作詞。
本命題「寒行雪姿見」の地の音楽。願人坊主(乞食僧)の姿を舞踊曲にしたもので、軽妙で洒脱な雰囲気の曲。
俄鹿島踊 文化十年、初代杵屋勝五郎作曲。
「俄」とは祭礼の踊り屋台で即興的に演じる踊りや寸劇をいい、鹿島神宮(鹿島明神)の神託「鹿島の事触れ」の踊りに江戸の物売り風俗を絡ませた小品。
美面より 文化六年、二世杵屋正二郎作曲。
当時の人気役者沢村田之助が贔屓客であった浅草の菓子屋が自家製の菓子「みめより」を舞台での田之助の踊りの地に詠み込んで宣伝させた長唄。
桜 狩 嘉永年間、十世杵屋六左衛門、或いは二世芳村孝次郎作曲。
桜の名所を訪ね、隅田川の景色、花見の人々が吉原の春に映る江戸の桜狩の気分を描いた曲。
喜 撰 天保二年、十世杵屋六左衛門作曲。
六歌仙の五変化舞踊の一つ。江戸時代の頽廃的な遊里情緒を取入れ、平安時代の歌人を江戸の遊里に引きずり込んだ趣向で当時の大衆に大いに歓迎された。