[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

五郎時致 天保十二年・十世杵屋六左衛門作曲。
荒事の地と柔らかな唄の対照、ニ上がりの踊り地の軽快さ等のまとまりのよさから数多く演奏されている。

[解 説]

 天保十二年(1841)七月、江戸中村座で二世尾上多見蔵による九変化舞踊「八重九重花姿絵(やえここのえはなのすがたえ)」が初演された。その中の一曲がこの曲で、その初演・内容から「多見蔵の五郎」「雨の五郎」「廓通いの五郎」「時致(ときむね)」とも呼ばれている。作詞は歌舞伎狂言作者の三升屋二三治、作曲は十代目杵屋六左衛門である。

 『曽我物語』に述べられている曽我兄弟の仇討ちは能楽、歌舞伎、浄瑠璃をはじめとする多くの三味線音楽などの好題材になっている。特に弟の五郎は御霊信仰と結びついて荒人神(現人神)としての信仰があつく、長唄でも「矢の根」や草摺引物(たとえば「正札附根元草摺」)でその主役を勤めている。

 この曲は本調子から二上がりに転調する。曽我五郎時致が遊女化粧坂(けわいざか)の少将のもとへ通う、つまり廓通いをする姿を青年の力強さと明るさでえがいた曲である。舞台は大磯だがいつの間にか江戸の吉原仲の町にかわってしまう。理屈抜きの面白さである。「廓の諸わけ」「藪の鶯」が聞かせどころである。

 長唄研究家浅川玉兎氏はその著『長唄名曲要説』のなかでこの曲初演の前の月に浅草観音境内にあった念仏堂で、箱根荒人神の出開帳があったと述べられている。『増訂武江年表』にもその旨が記されている。この曲も「花のお江戸の浅草に」薫を伝える曲である。

解説者『長唄研究会:植田隆之助』