[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

福 助 二世(或いは三世)杵屋作十郎作曲、二世桜田治助作詞。
文政年間、浅草雷門の傍らにて売られていた縁起物の今戸焼の「福助」人形を主題とした舞踊曲。
一種のCMソング的な役割も果たしたと思われる。

[解 説]

 文政六年(1823)八月、江戸森田座で七代目森田勘彌の五十回忌追善興行として、三代目板東三津五郎が演じた五変化の舞踊「法花姿色同(のりのはなすがたのいろいろ)」の中に、この「福助」がある。本名題を「福助東藤袴(ふくすけあずまのふじばかま)」と言う。

 文政年間、浅草雷門の脇に亀山という店があり、童顔大頭で裃を付け正座した縁起物の人形「福助」が売られていた。招福人形として商家では競ってこれを求めたという。その福助人形を主題とした舞踊曲である。福助の効用は金銭的なものばかりでなく、恋の成就にも効驗があると言っているところから、この曲がコマーシャル・メッセージとしての役を果たしたことは明らかである。また、福助にはお福という妻の人形も出来て、縁起棚に飾られるようになったという。福助にはモデルがあるとされ、大頭で極端な小男ながら、裕福な生活をした幸せ者の話がモデルとして幾つかあるようだが、あまり信用出来ない。作詞は二世桜田治助、作曲は二世あるいは三世杵屋作十郎。

解説者『高岡市万葉歴史館館長:大久間喜一郎』