[浅草ゆかりの長唄 INDEX]

吾妻八景 文政十二、四世杵屋六三郎作曲、作詞者は未詳。
純粋の聞きものとして作られた当時として野心作。日本橋、高輪、駿河台、浅草寺、隅田川、不忍池など江戸の名所を諷ったもので佃・砧・楽の三つの合方の器楽的な描写が特色。

[解 説]

 「俄獅子」と同じく、四代目杵屋六三郎による作曲で、歌舞伎とは関係のない演奏会用長唄として文政十二年(1829)に発表されたものである。作詞者は不明だが、奔放な連想によって筆を進めていて、文意が掴みにくいようだが、恐らく俳諧の付合いの手法を応用したつもりらしく、その積もりで読めばそれほど難解ではない。そんな次第で、吾妻八景の作詞も六三郎自身の筆に依るものではないかと思われる。

 曲は本調子で始まり、佃の合方があって二上りに転じ、ほととぎすの初音から三保の松原への連想を仲立ちとして駿河台の描写へ移るところなど、文脈も鮮やかで曲も美しい。そして隅田川に近く、山谷から田原町辺にかけて浅草紙の生産地を思わせる紙砧に触れ、そのまま砧の合方となり、その紙砧から遊女の文へと想を移し、男女の恋情から上野忍ヶ岡の出会い、その不忍池の弁財天の連想から楽の合方となり、「巡りてや見ん八つの名所」で曲を結ぶ。

 この結びの句が吾妻八景の謂れでもあるのだが、中国の瀟湘八景を模したわが国の近江八景では、中国の平沙の落雁・洞庭の秋月に対し、近江八景では堅田の落雁・石山の秋月といったように、地名と組み合わされた特定の景観がある訳ではない。「八つの名所」というのは、日本橋・御殿山・高輪・駿河台・浅草・隅田川・吉原・忍ヶ岡などを八景としたものだろう。

解説者『高岡市万葉歴史館館長:大久間喜一郎』