「浅草は長唄の宝庫」

長唄の始まりは今からおよそ300年前、江戸時代に歌舞伎音楽として生まれました。

歌舞伎は17世紀初頭、出雲阿国が京都で念仏踊や歌舞に簡単な演技を加えて人気を得た「女歌舞伎」が始めとされますが、「女歌舞伎」は風紀を乱すという理由で幕府に禁止され、代わって「若衆歌舞伎」が人気を集めましたがこれも同じ理由で禁止されました。

そして現在にも続く「野郎歌舞伎」の時代となり、江戸では「江戸四座」(正徳四年・絵島生島事件後は三座)が幕府公認とされました。
これらの歌舞伎劇場は初期は現在の日本橋・京橋あたりにありましたが、天保の改革で猿若町に移り、浅草は”観音様”、”お花見の桜”、”隅田川”、”吉原遊郭”、そして”猿若三座”で賑わう江戸一番の繁華街となりました。

さて長唄ですが、歌舞伎では当初”唄物”よりも”浄瑠璃物”の方が喜ばれていたようですが、江戸という新しい都市に定着した歌舞伎とそれにふさわしい音楽としての”唄物”が生まれ、その後江戸中期にさしかかってから”江戸長唄”として曲風が統一され、更に”江戸”の文字が消えて単に「長唄」と称されるようになりました。
そして長唄には江戸文化の花である”浅草”や”吉原”に因んだ歌詞も多くとり入れられ、たくさんの名曲が誕生しました。

では「江戸長唄」と縁のある浅草をご紹介したいと存じます。
どうぞお楽しみください。

[浅草周辺地図]



@雷 門

A 仲見世

B 弁天山鐘撞堂

C 観音(浅草寺)

D 三 社

E 花川戸

F 猿若三座跡

G待乳山聖天・竹屋の渡し

H山谷掘

I 田町・土手八丁・日本堤

J衣紋坂・大門・見返り柳

K 仲の町

L吉原神社

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